月の騎士の戯言

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zoom RSS 【書評(漫画)】:シグルイ

<<   作成日時 : 2013/03/09 09:50   >>

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少女漫画とは真逆の男くさすぎる漫画を熱く語ります。


今はもう廃れてしまってるかもしれませんが、
数年前の頃、世間で『歴女』が流行ってたとか。
歴史上の人物(主に戦国武将や新撰組など)を
好きな女性のことを指しているそうです。

今回紹介するのは、歴史上の出来事・人物
を元にした(ほぼフィクションですが)小説に、
さらに大幅アレンジを加えた時代劇漫画です。
そんなわけで『歴女』の方々は興味を示すはず!
…なんてバカなことはこれっぽっちも思ってません。

もし私が女性で、それほど親しくもない男から、
説明もなしに突然この漫画を薦められたとしましょう。
その男の趣味どころか人格すらを疑います
LINEに登録してたら密かにブロックするかもしれません。



そう考えて、この漫画については、
昨年の上半期ブクログランキングで、
第2位の漫画として簡単に紹介した時も、
「オススメはしない!」ってことを強調しました。

でも、今回は詳しく書いてしまいます。
カイジやジョジョを好きな女性が思いのほか、
世界にはいらっしゃるのだから!
みたいな希望的観測が僅かでもありながら、
たとえ趣味や人格さえ疑われても…です。

それぐらいめちゃくちゃ面白くて、
魂を揺さぶられる作品だからです。
プラチナ殿堂入りとして、人生の漫画ベスト5に入ります。









武士道は『死狂い』なり。


江戸時代寛永6年、真剣を用いた真剣勝負の場、
『駿河城御前試合』にて、二人の剣士が相対する。

一人は隻腕の剣士、藤木源之助。
一人は盲目・跛足の剣士、伊良子清玄。

二人には浅からぬ因縁があった。




以上が、物語冒頭のシーンです。
そこから遡ること7年前、二人が出会った日から、
都合15巻に及んでその因縁のみ(一部だけ脱線あり)が
延々と描かる漫画、それがシグルイです。

昨年の記事でも、改めて冒頭でも触れてますが、
万人にオススメするような漫画ではありません。
当ブログをご覧頂いてる、普段は少女漫画を嗜んでいる
ご婦人様方には刺激とアクが強すぎると思われます。
「騎士の奴が面白いと言ってたから」と、
軽く手に取っていただけたら嬉しいのですが、心配です。

表紙だけ見てもらっても分かる通り、
絵柄だけでも異常にクセがあります。
男でも、人によっては嫌悪するでしょうし、
1ページ読んで本を閉じる人がいてもおかしくありません。

とりあえず一見してみたい方は、
漫画よりもまずはアニメからご覧になってみる方が
良いかもしれません。漫画よりは多少アクが薄まってます。
とはいえ世界観はそのまま抜き取ってますし、
静寂から緊張感を煽る音楽のクオリティが高いです。
(ただし、ものすごく中途半端な区切りで終わりますが)



以上、しつこく『危険な作品』だと牽制しましたが、
「こういう漫画が読みたかった!!!」
と感嘆する人もいるはず
です。
1つ1つのコマが放つ圧倒的な迫力。
少ないセリフに込められた過剰なメッセージ。
そして藤木と伊良子の語りつくせない因縁劇。
どれもツボに嵌ったら抜け出せません。
これを読んでしまった後には、
いかなる決戦、死闘もぬるく感じてしまうほどです。

少女漫画趣味とは真逆の方向性ですが、
その芯にあるピュアすぎる『想い』には、
通じるものを感じたりもします。
混じりっ気のない狂気が何かに尽くし、何かを求める。
それが武士道、シグルイの世界だと思います。


1巻の末尾、小説原作者の南條氏はこう記しています。

「人間の感情が極端にはしるところに残酷は生まれる」



2巻の末尾、それを漫画化した山口氏はこう記しています。

「正気にては大業ならず」



藤木源之助と伊良子清玄は
作中内で4度剣を交えることになり、
全ての戦いでどちらかが激しく傷つき、何かを失います。

失うことから全ては始まる。

何かを得る戦いではなく、失った物を取り戻す戦いでもない。
無情の時代に、渦巻く激情をぶつけあう二人の生き様は、
閃光のような一瞬の輝きと美しさがあるのです。
対極な二人について、個人的に思う名シーン・名言を挙げます。


藤木源之助は虎眼道場の将来有望な門下生で、
伊良子が現れるまでは、跡取りの座がほぼ確定していました。
普段は無口で、ひたすら剣術に愚直な藤木は、
己の意志を表に出すシーンはほとんどありませんが、
それだけに時折見せる感情を持った表情が印象的です。
全てはお家(虎眼流)の為であり、伊良子との戦いも、
都合3度は虎眼流の命運を背負っていました。
そんな藤木が4度目に伊良子と相対する直前、
「藤木先生は怖くないのですか?」と問われた答えが、
心に刻まれています。戦いに向かう男はかくあるべし。

斬りたいから斬りにいく それだけだ



対する伊良子清玄は、虎眼流を踏み台とし、
道場への恩義も、同胞への情も一切ありません。
全ては己が成り上がるための手段と過程に過ぎない。
そんな唯我独尊で思うがままに事を成した伊良子が、
ワケあって盲目となり、『無明逆流れ』を編み出し、
虎眼の輩に復讐していく場面こそ惹き込まれました。
それ以前と以後は、欲望のまま眩い光を放っていた
伊良子が、全てを奪われても地獄から這い上がって
虎を狩るためだけに生きる。先の南条氏が記した言葉、
「人間の感情が極端にはしるところに残酷は生まれる」
とは、伊良子の変わり様を示していると思うのです。
そんな伊良子の記憶に残る名言は、
自らが虎眼流の跡目になる可能性が強まってきた時節、
「伊良子」と呼び捨てた藤木に対する強烈な牽制と自負。

若先生と呼べ




本作品の主人公は藤木と伊良子の二人ですが、
脇役(というには濃すぎる面々)の物語も注目です。
虎眼先生に関しては、話が過去に遡ってから
5巻までの主役はこの人ではないかと思うほど。
普段は狂気と老いで包み隠されていますが、
時折見せる世に対する嫉妬と怨念は凄まじく、
藤木源之助と伊良子清玄も、虎眼先生に出会わなければ
良くて一介の農民、一介の野武士で終わっていたでしょう。

二人の狭間で複雑な感情を散らす乙女
岩本三重の存在も重要であると思います。
虎眼先生の一人娘として生まれたが故に、
父の命令に従うだけで自分の意志をもたない
傀儡な男を軽蔑する、強い信念を持っています。

特に藤木源之助側から物語の顛末を見た時、
三重がいなかったら、結末は全く違ったかもしれません。
4度目にして、伊良子との最後の戦いは、虎眼の名よりも
三重と結ばれるための戦いであったと思います。
藤木にとっては、唯一『士』を捨てきれない相手。
力にも足枷にもなったのが三重の存在でした。



以上、真面目に語りましたが、数多のエログロと、
演出があまりにも大仰になっていることから、
一周して不条理ギャグとしても楽しめる作品です。
圧倒的な緊張感は、緩和によって笑いにも昇華されます。
で、こういう漫画を読んだ後、少女漫画を読むことが
どちらも相乗効果になって、心に響いてくるんですよね。

これぞ空前絶後の残酷無惨時代絵巻にござる。
修羅の世界を覗きたい士のみ、ごゆるりとご堪能あれ。
最後まで読み終えた読者はこう叫ぶであろう。

やってくれた喃

と。

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